水がある場所へ

愛知県のアイデンティティー 名古屋市あゆちの水

愛知県のアイデンティティー 名古屋市あゆちの水

 

皆さん、お疲れ様です。

アヒルノヒカリでございます。

愛知県民のアヒルノヒカリ、今回は愛知県のアイデンティティーとも言える場所を訪れます。

 

あゆちの水

それは活気溢れるパロマ瑞穂スポーツパークのすぐ近くにひっそりとあります。

雑木林の中に佇む石碑・・・・あゆち水

万葉集巻13に詠まれた、

小治田(おはりた)の

年魚道(あゆち)の水を

間なくぞ人は汲むといふ

時じくぞ人は飲むといふ

汲む人の間なきがごと

我妹子に我が恋ふらくは

という歌が刻まれているそうですが・・・・残念ながら掠れて読む事は出来ません。

あゆちの水を絶え間なく人が汲み飲むように私の恋も絶え間ない、という歌だそうです。

直径1メートル、深さ3メートルの井戸・・・・。

古くから「尾張の名水」として知られ、日照りが続いても枯れなかったと伝えられているそうです。

奥に進むと石碑がもう一つ・・・・。

「水のいろ樹??染め 熱田まつり来る」

「あゆ」とは「湧き出る」を意味する古語だそうで、湧き水が豊富な土地を「あゆち」と呼んだのだとか・・・・。

万葉集巻3に、

桜田へ

鶴(たず)鳴き渡る

年魚市潟(あゆちがた)

潮干にけらし

鶴鳴き渡る

という有名な歌があるそうです。

年魚市潟とはかつて現在の名古屋市熱田区から南区にかけての地域に存在した伊勢湾の干潟だそうで、律令制下でもこの地域を「年魚市」としていたそうです。

愛知県の「あいち」はこの年魚市潟に由来すると言われており、「あゆち」が「あいち」に転じたのだそうです。

広辞宛にも「あゆち」は年魚市 尾張の古地名、と記載されているそうですよ。

万葉集と言えば奈良時代ですが、井戸はどうやら江戸時代に作られたものらしいです。

ですが奈良時代はここ・・・・パロマ瑞穂スポーツパークの南は海だったそうで、この周辺は湧き水が豊富であり旅人達の喉を潤していたのは間違いないとの事です。

奈良時代の此処辺りはどんな景色だったのでしょうね。

戦後に一度荒廃してしまったそうですが、1977年に地主さんや地元有志の方々がこの地に石碑と井戸を復元したそうです。

湧き水や井戸を巡っていなかったら、例えこの石碑を見かけたとしても興味を持たなかったでしょう。

巡り巡って遂に此処に辿り着いた、そんな感じがします。

残念ながら井戸の中を見る事は出来ません。

当時を復元しただけなのか、それともちゃんと井戸なのか・・・・もし水が無かったとしても此処はカテゴリー「水がある場所へ」に相応しいと思います。

ありがとうございました。

 

ワタクシ自身名古屋市が・・・・愛知県が地下水豊富なのだという事は体感しています。

名古屋市内や愛知県内の湧き水や井戸、川の源流を訪れました。

ごく最近作られた新堀川の環境井戸も巡りました。

そんな水好き人間として、自分の住む県の名前の由来が「湧き水」というのは大変嬉しい限りです。

此処を訪れて、そして帰宅後詳しく調べて本当に良かった!(歓喜)

これからもあゆち人アヒルノヒカリ、水がある場所を巡っていきます。

 

皆さんお住まいの県の名前にはどんな由来がありますか?

 

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