町を守護する尊い神社 名古屋市スエヒロ増子神社

皆さん、お疲れさまです。
アヒルノヒカリでございます。
今回は異色の神社のお話です。
スエヒロ増子神社
別の神社を参拝した帰り、周辺に神馬の像がある神社はないかと検索した結果・・・・。

何だこの神社は!?
神馬の像は無い様ですが・・・・これは行くしかない!(笑)

大きな病院があります。

・・・・あぁ、なるほど・・・・あぁぁぁ、うーん、なるほど・・・・うん。(困惑)
Googleマップにはいくつかコメントが付いていますが・・・・みんな完全にスルーしていますねぇ。
ですが神社の名前の半分を占めるのだから・・・・この神社について考えるならば、想いを馳せるならば、これをスルーしてはいけないとワタクシは思う!
写真右が増子記念病院、そして左はソープランド末広です。


一画にある本当にとても小さな神社です。

隣の家屋からかな、全体的に錆が滲んでいますが・・・・とても綺麗にされています。

町内安全。

お社。
早く戦争が終わりますように・・・・。
ありがとうございました。
帰宅後調べました。
注 今回はワタクシの独断や独自解釈が含まれています。
創建年、祭神、共に不明です。
ただしヒントはある、増子記念病院は終戦の翌年に開業したそうです。
ですから創建年は戦後で間違いないでしょう。
特殊浴場がいつ創業したのかは分かりませんが、かつてこの辺りには中村遊郭というエリアがありました。
そして戦後この辺り・・・・名古屋駅西側は大きな闇市でした。
今でも日赤病院はじめ大小多くの病院、庭のある旧家屋や古民家、住宅街と商店街に裏路地・・・・そんな中に特殊浴場が混在、点在する非常にカオスな地域です。
町のスーパーから丸見えの場所に特殊浴場がある光景を初めて目にした時、本当に度肝を抜かれましたよ。(笑)
終戦直後の全国各地では弱体化した警察権力と協力して、任侠組織やテキ屋が自警団として地域の治安維持を担っていました、これは史実です。
業界、業種、職種関係なく地域の人々が町を守り、復興と発展に尽力していたのです。
この小さな神社はきっとその名残り・・・・。
病院と特殊浴場の名を冠したこの小さな神社は・・・・病院と遊郭をメインに地域の人々が町の守りの象徴として創建したのではないでしょうか?
情報が無いのであくまでもワタクシの独断、独自解釈ですが・・・・もしそういう人達がそういう意図で創建したのなら・・・・。
錆が滲んだ狭い境内の・・・・あの「町内安全」は重みがありとても尊い。
そして店名は漢字なのに神社名は敢えてカタカナなのも・・・・とても尊い、そう思います。
・・・・任侠映画の見過ぎでしょうか。(笑)
少なくとも多神教の神道だからこそ、小さな地域神をも祀る神道だからこそ、こういう名前の神社が存在出来る訳で・・・・そこだけでも尊いのです。
奇しくも本日は終戦の日・・・・平和について皆で真剣に考えなければなりませんね。
皆さんの町にはこの様な異色の神社はありますか?