神馬の像がある神社 名古屋市神明社

皆さん、お疲れさまです。
アヒルノヒカリでございます。
本日も神馬の像がある神社を参拝します。
神明社

別の神社を訪れた帰りに見つけました。
神明社と言っても沢山ありますね、此方は名古屋市中村区城屋敷町にある神明社です。

物凄い大きな社標です。

稲葉地城跡・・・・どうやらかつて城があった様ですね。



稲葉地村古城主 津田豊後守城跡之石。
1739年の大洪水で庄内川が決壊し城跡が流出してしまったそうです。
その後の1833年、城跡の畑からこの石が出てきてこの神明社に移されたとの事です。

手水舎はコンクリート製。

そしてたっぷりの水、清めさせて頂きました。

城屋敷神明社七支社。
かつて稲葉地村の各地にあった無社格の七社を此方の境内に祀ったそうです。

その城屋敷神明社七支社。

龍が乗っている鉄製の賽銭箱。

そして・・・・。

目的の神馬の像!


立派です。

本殿もコンクリート製。

早く戦争が終わりますように・・・・。

本殿左側に石碑。
神統流棒術記念碑だそうです。
織田家の家臣津田豊後守城主時代、家臣は武芸に励んでいたそうでその技を神統流棒の手と号したそうです。
どうも明治時代までは継承されていて演技が披露されていたそうです。
神馬の像を求めて訪れましたが、初耳の情報を色々得る事が出来ました。
白塗りの新しそうなコンクリート製の建物が立っている綺麗な神社・・・・の筈ですがどうもあまり明るい雰囲気ではない、変わった雰囲気の神社です。
ありがとうございました。
帰宅調べました。
創建年は不明、祭神は天照大神、須佐之男命、菊理姫命、誉田別尊、倉稲魂命、天神七代、地神五代。
稲葉地城は此処でなはく、どうやら神社の南東の庄内川沿いにあったそうです。
城主の津田豊後守敏元は織田信長の母の姉を室に迎えたそうで、信長の伯父に当たる人物だったとの事です。
敏元の孫の与三郎は桶狭間で、そしてひ孫の小藤次は本能寺で戦死したそうですよ。
信長が幼少の頃には津田家に預けられたそうで、桶狭間や本能寺も含めて信長と深い繋がりが伝わってきますね。
それから棒術、神統流棒術で検索してみましたが・・・・。
似た名前の武術や泳法は出てきましたが、”神統流棒術”は出てきませんでした。
小学校以来の友人で武術を嗜むドーマウスさん(仮)に聞いてみましたが・・・・残念ながら知らないとの事でした。
古流の棒術は人気が無いらしく失伝してしまったのかもと・・・・。
ただ古流の動きの原点は棒術なのだそうで、剣術や体術をやるならば本当は絶対に棒術をやらなければいけないそうですよ。
正直なところ石碑を見た時、戦国時代なんだから槍術じゃないの?棒術??と思いましたが・・・・動きの原点が棒術と聞いて納得しました。
武芸に秀でた津田家はしっかり基本の棒術から鍛えていたという事ですね。
皆さんの町のはどんな神馬の像がある神社がありますか?